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国語の論理的な解き方-コクゴノコウシキ-

現代文、古典共に論理的な解き方、また勉強法を紹介していきます。

2-0.古文の世界は思っているより面白い

皆さんは古文にどういうイメージを持っていますか?
「丸暗記ばかりさせられてつまんない」

「一見日本語に見えるのに現代文や英語よりとっつきにくい」

「そもそもなんで昔の日本の言葉を覚えなきゃなんないの?」

などのマイナスイメージを持ってる人は多いと思います。

では本当に古文の文章は難しいのでしょうか?そんなことはないのです。一度下の文章の訳を読んでみてください。

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今は昔の話ですが、比叡山延暦寺に幼い子どもがいました。

寺の僧たちは、夜に退屈して「さあ、餅でも作ろう。」と言っていたのを、

この幼い子どもは期待して聞いていた。

 

そうはいっても出来上がるのを待って寝ずにいるのもよくないだろうと思って、

部屋の片隅で寝ているふりをして餅が出来上がるのをまっていると、

餅が出来上がったようで、僧たちがわいわいとやっています。

 

子どもは、「きっと起こしてくれるだろう。」と思って待っていたところ、

一人の僧が「もしもし、起きなさい。」と言ったのを嬉しく思ったけれども、

一度の呼びかけで返事をしてしまうと、呼ばれるのを待っていたと思われると思って、

もう一度呼ばれてから起きようと思って我慢して寝ていました。

 

すると「お起こし申し上げるな。子どもは寝てしまわれたよ。」

という声が聞こえたので、困ったものだ。

もう一度起こしてくれと思いながら聞き耳をたてていたら、

僧たちが餅を食べる音が聞こえてきます。

 

子どもはどうしようもなくて、呼ばれてずいぶんとたってから「はい。」

と返事をしました。これを聞いて僧たちは笑いがとまりませんでした。

(宇治拾遺物語 『児のそら寝』から抜粋)

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こんな砕けた文章でも本文は以下のものなのです。

 (今は昔、比叡の山に児ありけり。僧たち、宵のつれづれに、

「いざ、かいもちひせむ。」と言ひけるを、この児、心寄せに聞きけり。

さりとて、しいださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて、

片方に寄りて、寝たるよしにて、いで来るを待ちけるに、

すでにしいだしたるさまにて、ひしめき合ひたり。

 

この児、定めて驚かさむずらむと待ちゐたるに、

僧の、 「もの申しさぶらはむ。 驚かせたまへ。」と言ふを、

うれしとは思へども、ただ一度にいらへむも、 待ちけるかともぞ思ふとて、

今一声呼ばれていらへむと、念じて寝たるほどに、

「や、な起こしたてまつりそ。幼き人は寝入りたまひにけり。」

と言ふ声のしければ、あなわびしと思ひて、今一度起こせかしと、

思ひ寝に聞けば、 ひしひしとただ食ひに食ふ音のしければ、

ずちなくて、 無期ののちに、 「えい。」といらへたりければ、

僧たち笑ふことかぎりなし。)

 

このように訳を読んでみると簡単だったり、

ちょっとしたオチがついていて面白い文章ばかりなのです。

何故文章は簡単なのに古文が難しく感じるのか、

またそれを難しく感じないためには何をするのか。

次ではそういったことを書いていこうと思います。

 

次→2-1.どうして古文の沼にはまっているのか

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